衝動的にツイッターに書いては消しするのやめたいなーと思ってツイッター控えてるけど、それはそれでストレスになってきたので、これあとで消そうかな……と思わないようなツイートに関しては解禁しようかなーという気もしてきた。宝塚の話は特に、私の勝手な願望とかは鍵つきのアカウントでしゃべりたいし……

最近ちょっとぼんやりしてはいるけど元気な時の方が多いので、今のうちに認知行動療法とか調べておきたい。発表会終わってから明らかに薬を飲む頻度が増えている。薬を飲み始めた頃はちゃんと飲んだ時間と錠数を記録していたけど、最近はずっと規定の数を越えるようなことはなかったので気にしてなかった。まあ眠くなるだけの薬なので問題ないかなあ。リスクがあるとすれば、飲んだ直後にさっき飲んだかどうか忘れてもう一錠飲んでめっちゃ眠くなってしまうということぐらいか。仕事中にそういうことにならなきゃまあいっか。大量服用しても死なないよ~って先生から遠回しに念押しされてる程度の薬だし。

薬でもなんでもいいから夜はスンッと寝て朝はバッ! と起きたい。

 

どこか出掛けたいとか○○が欲しいみたいな欲が消え失せててそろそろまずい。

聞こえない!

薄々、ずーっと感じてはいたけど、人の言うことが聞き取れない!!

私には聞き取れません!!

 

最初に気付いたのはたぶん二十歳ごろ、講義の内容はちゃんと聞き取れるけど、日常会話がダメで、何の話してるのか理解するのに時間がかかって会話に入れないことが多かった。

でも聴力検査でひっかかったことないし、平均より聞こえにくいということもなさそうなので、そこまで深く考えないようにしてたんだけど、その時にたぶん対処法を間違えた。

聞き取れないことがあまりにも多いので、いちいち聞き返してたら会話のテンポが著しく悪くなる、つまりみんなはある程度単語を推測して会話することができていて、私にはそれができていないと考えたわけ。いちいち聞き返しても日常会話に出てくる単語なんて流動的で結局脈絡がないから意味ないと思った。だから会話の経験値を積めば次第に治るだろうと思ってたんだけど、そんなことはなかったね……いちいち聞き返すようにしていたら治ってたかというとそうでもないとは思うけど、頓珍漢な返答を繰り返すよりは、そっちの方がましだったと今なら思う。

 

今でも、仕事の会話で脈絡がはっきりしていると聞き取れるけど、同僚との会話で話が噛み合わないことがある。友達でも夫でもそう。時々話し相手の返答に妙な間が空くのは私が変なこと言ってたからか……! って今日気付いた。

時々ちゃんと聞こえた気がするけどきれいに違う単語に聞こえた時とか、どう考えても脈絡のない別単語にしか聞き取れなかった時とか、それをそのままおうむ返ししてネタ扱いしたりしてたけど、あんまり繰り返すと相手がイライラするのも当然だ。何? って聞いた方がまだいいのかな。

 

あーこれ今深く考えたらだめなやつだ。死ぬなら今!!!

 

こないだ耳鼻科に行ったけど、耳垢が溜まってるとは言われなかった(むしろこすりすぎて赤くなってた)ので、外耳の問題ではない。というか感覚器じゃない気がする。認知の問題な気がする。わかんないけど! 何科!?

すごく今更だけど、小保方さんが研究室をムーミングッズで飾っていたようなのって別に女性だからとかそういう特色では全くなくて、研究室に好きなもののフィギュアを飾ってる先生なんてごろごろいる。もっともそのフィギュアも研究対象であったり派生した趣味のものであったりいろいろだけど、日常のほとんどを過ごす研究室に自分の好きな物を飾るのは女性的な特性ではないと思う。

研究室ってなんかこう、私も大学で「研究室」というものに入るまでは、雑然としていて本とかがめっちゃ並んでて実験室はクリーンで白衣着てみたいなイメージ抱いてたけど、実際にそんな風な研究室は少なかった。いや、私の専攻分野が比較的そんな感じだっただけでクリーンな研究室が当たり前の分野ももちろんある。

でもまあ大抵の研究室というものはお金がないから汚いんだよね。土足禁止の研究室でも結局建物が古いと、古いゆえの汚れは防げなかったりするし……私は友達が少なかったので超クリーンなタイプの研究室には入ったことがないから実際のところはわからない。

私がいたところは定期的に掃除してたけど床にヒビ入ってるし謎の液体跡? とかあるしもう今さら掃除したところで……みたいな感じだった。

 

話戻るけど、「物がある」じゃなくて「飾れる」のすごい。私の家もいろいろ飾ってるけど、人から見て飾ってると思ってもらえるものたぶん1割もないと思う。飾ってあるとみなしてもらえるものは壁に貼ってあるポスターと夫婦円満しゃもじぐらいかな。私もそう思う。

 

飾りといえば、売り物のサンキャッチャーがキラキラしてるのみると欲しくなるけど、サンキャッチャー、サンをキャッチしてそのあとどうするんだろうと思う。家に花飾るようなもんかな。人のこと言えんわ。

水槽やりたかった時に何回も「太陽光による発火に注意」って見たせいで火事起こらんのんかめっちゃ気になる。

 

うちは猫に落下したら危ないっていうのもあるからサンキャッチャーは買わないけど、そういう判断力を失ったらサンキャッチャーだらけの部屋に住む妖怪みたいなことになるな、とここまで書いて猫の安全性は守らなければならないがサンキャッチャーだらけの部屋に住む妖怪にはちょっとなりたいなと思った。でも暑そうだな。はっ もしかしてサンをキャッチすると部屋が暖まる……?

いや要するに火事だよ。お疲れさまでした。

NHKドラマ「かたりべさん」感想

※2014年8月5日に書いた記事を転載

 

はじめに。この記事は、被爆者の方を侮辱したり原爆投下を肯定する意図のものではないということを申し上げておきます。


いつものように個人の感想です。

資料館の職員のセリフ、演出がほんとにひどくて、唐突なベッドシーンなんてどうでもいいぐらい。ドラマだからだって信じたいけど、まさか本当にあんな失礼な感じで語り部さんのお願いしてるんじゃないよね?
想像を超える体験ではあるけども、それが誰にとってもつらい記憶だっていうことは容易に想像できるし、ましてや資料館(付属施設になるのかもしれませんが)職員だし、
これは私も今までちゃんと考えたことがなかったけど、記録の絵の依頼とか、語り部さんとか、全部ろくなカウンセリングなしでやっているのかな?
そうだとすると、悪い意味で歴史史料としてしか見ていない感じがするし、ちゃんとサポートしてるとすれば、資料館側に悪いイメージつくと思うし、どっちにしたって良いことないと思うんですけど……
荒木さんに対しての「一緒に資料館見ませんか?」というセリフには目眩がした。
私だって当事者ではないので偉そうな批判はできませんけど。

進学で県外に出てから、他県の人はマジで原爆の日がいつなのか知らなかったりする、と知ってから、広島・長崎で育った人とそうじゃない人で、戦争や原爆に対する認識に大きな違いがある、ということは前から気になっていました。(広島の教育うんぬんって話を置いといても)
私は小学校の社会見学で資料館に行って以来、怖くて二度と行けません、という話をしたときに、「それとちゃんと向き合えてまた見に行けるようになるといいね~」と言われてうるせえ黙れと思った経験があります。
ツイッターで感想を検索すると、「ちゃんと考えなきゃ」みたいなのいっぱい出

るので、大丈夫だとは思うんですけど、辛い思いをしたのは大昔の人ではなくて、目の前にいるおじいちゃんおばあちゃんなんだよってことを覚えておかないと、戦争体験を伝承する意味は薄れて行ってしまうんじゃないかなあ。
そこらへんを考えさせる意図であんな脚本だったんならすごいわ……

でも、最後の「荒木さんの戦争は、ずっと続いていたんです」っていうの、よく聞く表現ではあるんだけど、戦争の悲惨さを語る上では欠かせない言葉だなあと思いました。

2017年8月

八月九日

さっきTBSのニュースで「(長崎)県が過去と向き合う1日となります」って言ってたけど、全国的に向き合ってくれる?? 舐めとんのかほんまに。条約の会議に参加さえしなかったことがどんなに恥ずかしく愚かしいことなのか理解してないのか?  広島も長崎も、市長が総理のいる前で条約不参加を批判したシーンをニュースで流していたから、言ったれ言ったれと思って見ていたんですけど、結局何が悪いのか分かってないのかと落胆した。「ただ単に地方自治体の首長が国の首長を面と向かって批判した」シーンを流していただけだったのか?

 

私は高校までは広島で過ごし、大学進学とともに県外に出ましたが、原爆投下の日すら知らない人があまりにも多くて驚きました。他自治体と比べて、広島の小中学校で平和学習に使われる時間が多いというのも、その時に実感した。

祖父母は広島出身ではないので、身近に被爆体験を語ってくれる人はいませんでしたが、自分が育った街がかつてどんなことになったか、資料館にも行ったし被爆した方のお話も聞いて、いかに恐ろしいことかと身震いします。表現が難しいですが、他人事という感覚ではないんです。とは言ってもまだまだ安穏としている方だと思いますが、私の愛する街が消えるかもしれないという恐怖心がある。かつて消えたんだという喪失感もある。

『原爆投下の日を知らない人』とは、このあたりに大きな隔たりがあるように感じます。もちろん知っているから隔たりがないというわけではない。広島、長崎、御愁傷様でした。で終わらされてる印象。

 

そして、私はもっと沖縄のことを考えないといけないと反省した。広島と長崎が受けた扱いは、ずっと沖縄に向けられていたのと同じものだ。本土が沖縄を切り捨てようとしているように、広島と長崎のことも切り捨てられようとしている。広島と長崎がもしも離島だったら、もっともっと無視されていたと思う。

 

知らない人には知ってほしいことがあって、原爆投下や東京大空襲沖縄戦の陰に隠れがちだけど、本当に多くの都市が空襲に遭っている。少なくとも私が今住んでいる都市では折々に写真展などが開催されているし、最寄りの図書館には必ず関連書籍があるはず。それも面倒だったらとりあえずググってみてほしい。街が焼かれるってどういうことなのか、想像するのが難しければ写真でもなんでも当時の史料を見てみてほしい。

 

この世界の片隅に」を映画しか見てない人は、是非原作も読んでください。併せて「夕凪の街」も読んでもらえれば、終盤のすみちゃんやおじさんの体調不良が何を意味するのか、もっと分かると思います。正直私は映画版はあまり好きではなくて(のんちゃんボイスのすずさんは最高にかわいかった)、映画版だけを見て「暗くなくていいね」と言われるのは侮辱だとさえ思っているので、原作読んでください。

 

もう一個、せっかくなんで今書きます。

艦これに関して、「戦時中5歳とかだった世代が艦これ批判してて、兵隊だった世代は当時を懐かしんで艦これ楽しんでる」という、前者を揶揄するツイートを以前見かけたことがある。もう、馬鹿としか言いようがありません。戦時中子供だった人が戦争を知らないとでも? 兵器の恐怖を知らないとでも? おそらく、そういう感覚が、現状に繋がってるんですよね。1億歩譲って戦後生まれに言及するならまだしも、戦争の体験がある人の声を嘲笑して何が楽しいんだ。そういう、戦争の悲惨さに目を瞑る人が多すぎる。思わず目を背けたくなるような史実であることは分かるけど、このままだとまた目にせざるを得ない状況になっちゃうんじゃないかと思う。というか、戦争が本当に終わるのには72年でも全然足りてないんじゃないか。そもそも終わった戦争ではない。

 

私は政治家が靖国に参拝すること自体には反対ではなかったんですけど、建前である「戦死された方に敬意、哀悼の意、恒久平和の誓い」っていうのが建前ですらなくなっているので、もうどこ方面に対しても失礼だから参拝やめろと思います。

 

 ふと思い出したので、昔のブログから転載しておきます。今と言ってること大して変わってないけど、当時の方がちょっと右寄りな気もする。

ドラマを見てないとピンとこないところが多いと思うのですが、注釈しようにも私の記憶も曖昧な部分があるので、オンデマなりぐぐるなりしてみてください。

「はじめに」の部分は、誤解を招く表現を弁解したかったのではなくて、私のスタンスはこうですと示しておきたくて書いたんだったと思います。

当時は「つまらん」程度の感想しか見つけられなかったのですが、批判的な感想を抱いた人はどれくらいいたんだろう。

ignire.hatenablog.com

 

他人事感というのはあらゆる問題に通ずる。

おかえりアイデンティティ

この間、仕事帰りに駅でたまたま友達に会った。向こうから見つけて声をかけてくれた。彼女がほわっと明るい人であるおかげもあったけど、目が合った瞬間ぱあっと辺りが明るくなるような感じがした。電車に乗る直前だったので少ししか会話はできなかったけど 、とても嬉しい出来事だった。

 

街中で偶然友達に会えるのは嬉しい。偶然だろうと約束だろうと、友達に会えること自体が嬉しいんだけど、偶然だと感情の上がり幅が大きい分余計に嬉しく感じるんだろうな。でも約束は約束で、約束通り会えた安心感とか、また別の嬉しさを感じる。

 

しかも、件の彼女は私の風邪声を気にしてか、後ほどお見舞いのメールまでくれた。職場の皆さんからも思いがけずお見舞いの言葉をたくさんいただいて、ひどいとはいえただの風邪なんですけど、あっ私存在してんじゃんって思った。

 

7月は本当に精神が不安定で、習い事が拠り所という感じで生きていて、発表会で一区切りついたら死ぬか失踪しようと思っていたんだけど、発表会が終わったら一転そういうのはなくなった。舞台に立ったあとで色んな人から肯定の言葉をもらえたのと、自分でももっとやりたいって思えたおかげで、もやがかかっていた未来予想図が少し見えたからかもしれない。

 

アイデンティティ危機は職場原因で、そっちは全く解決されていないので、たぶんまたあの消えたい波は来るんだろうなーという不安感はあるけど、とりあえず今は薄くなった。

いつ書くのか自分でもわかんないけど、他記事と内容被ってても発表会のことは一つの記事に書く。発表会がストレスだったんだと思われたら嫌だもん。発表会では直近のストレス払拭だけではなくて、私が今まで抱えたままにしてた後悔や羨望の心が成仏したんだよ。

 

 

今晩はいつも通り仕事前日寝つけないのと、咳が止まらなくて寝つけないののダブルパンチです。

 

https://www.instagram.com/p/BX0lDcoAhhh/

牛乳プリン画像集めてます。

 

体調不良で休暇をとりました。めちゃ休みづらい日だったけど、私が必要とされている業務はこの状態ではどうせ遂行できないし、翌日の方が穴空けられなかったので思い切った。声がガビガビだったので、電話に説得力があった、と、思う……思いたい……落ち着かないのと息苦しいので全然寝つけないので朦朧としつつスマホを触っていました。病院(耳鼻科)が死ぬほど混んでいたけど、スマホで待ち時間が確認できるのでその間家で休むことができた。ありがとう技術。

Googleで星つきまくってるだけあって、待ち時間は楽だし綺麗だし、熱があるよって言ったら個室を用意されたし、遠くに響く子供の悲鳴をBGMに休めました。私も星5つつけよう。

 

朝は熱なかったけど途中まで出勤を試みたせいか熱が上がってきて、結局冷えピタと、いつもの安定剤投入でやっとこ寝ついた。ジムと習い事用にストックしてあるスポドリ粉も役に立ったし、なんなら抗生剤も解熱剤もあるけど、摘出したはずの扁桃腺の残党が時々腫れて困るので病院にはかかっておきたかったのです。

これは病院行くべきか自然治癒か……と迷って、後から思えばインターネットには基本「病院行け」と書いてあることが多いので検索の主旨を間違えていた気もしますが、「喉の痛み 病院」で検索したら「耳鼻科に行け!!」と書いてあって目からウロコでした。確かに私扁桃腺摘出してるしそれ以来発熱は頭痛からだったのがのどからになったし耳鼻科ね! なるほどね! みなさん喉の痛みの時は耳鼻科ですよ!

 

スチュアートリトルの話をしようとしたのに普通の日記が長くなった。そっちはまた別記事で。